自然の摂理のはなし


🍂 自然の摂理とはなにか

 

自然発生的に生まれ、森羅万象の均衡が保たれているシステムを、神の御業に例える慣用表現などとして説明されます。

空に雲が流れるように、春に花が咲くように、自然は森羅万象の中でなんの努力も奮闘もなしに、ただあるがままに存在します。私たち人間もそんな自然の一部であり、本来ならば摂理から祝福を受け、あるがままの生をまっとうしていく存在であるはずなのです。しかし、現代社会においては物質主義的価値観が重視され、あるがままに生きようとすると苦しく感じられることがあります。

大半の人がたくましく生きているこの社会で「なぜ自分だけがこんなに苦しいのだろう」と思い悩む人たちは、とても多く存在します。

社会にとっての当たり前や普通のことが、自分にとっては「自然」ではないことに気づく必要があります。頭で考えることをやめ、体全体で感じる自然の摂理に則った生き方を始めると、本来の自分の姿を取り戻すことができるようになります。

あるがままで、自由な存在である私たちが導かれゆく法則が自然の摂理です。

 

 

🍂 自然の摂理の原理は愛と調和

 

なぜ私たちは、自然の摂理とともに生きることが難しくなってしまったのでしょうか。自然の摂理は「愛と調和」にもとづいて流れます。それに対し、私たちが「不調和」を生み出すことの方が得意になってしまったからです。私たちは、生きることに対してたくさんの「恐れ」をもってしまいました。精神的、経済的不安にもとづく生存への怖れ、自己の存在意義や無価値観、信仰心の欠如などと様々です。それらをカバーするためにいろいろな方法で自分を守る必要がありますが、その手段が人より多くを所有することだったり、他人を貶めたり、傷つけたりするといったネガティブな行為となって不調和を生み出してしまいました。自然界に対しては、人間が過剰な快適さを追求した結果、環境破壊などにもその様相があらわれています。恐れを手放し、自然の摂理にゆだね始めると愛と調和が戻ります。生きることに関しての難しい奮闘を終わらせることができます。